ノダッコデイズ vol.2

がんばるぞ!
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lost myself
自分がやっていることが、全部間違っている気がしています。
決めた理由は「人に勧められたから」であり、自分がこうしたい、という意思や「えいや!」という覚悟が全くありません。
周りの人にはとても恵まれていて、ものすごくありがたい環境を用意してもらえているのに、
「こっち!」という気持ちが消えなくてこれはどうしたら良いのだろうか。
もう時間は戻らないので手遅れなんだけど。
とにかく、決めた道でベストを尽くすしかない。
 
- | 00:18 | comments(0) | -
2014
地道にやる。
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- | 01:25 | comments(0) | -
雑記
ポール・オースター「ムーンパレス」を読んだ。
ムーンパレスはNYの嫌な思い出がよみがえる宿の名前でもあったのでちょっとさけていた部分があるが、思い切って本を読んでみたらとても面白かった。と同時に主人公が若すぎるし物語の展開もちょっと引くぐらい偶然が偶然を呼び、主人公が自分で不幸に向かって突き進み、でも最後は前を見つめるぞ、みたいな感じでわっけぇ!!と思いました。多分、どんなことでもそうだけど、特に映画や本や音楽にはその作品が持つメッセージとそれを受信するのに最適な年齢があって、「ムーンパレス」の場合は22歳くらいで読むのがベストなんだろう。少なくとも、29歳で読む本ではないのかも。と思いつつ、仕事では関わりのあったポール・オースターに個人的に出会えたという経験は大切なので心にしまっておく。
構成としては、主人公が好き好んで破滅的な生活へ突き進んで行く第一幕、老人の世話をする第二幕(この間に彼女が出来るんだけど、途中で彼女の存在は完全に忘れられている)、太った大学教授との出会いの第三幕からなる本です。
そして登場人物たちが全て偶然という必然で繋がっている話。特に秀逸なのは、老人の昔話。
ですが。
良い小説なので語るべき点は沢山あるものの、やっぱりこの男たちが若者過ぎてついていけない感じがしました。特に、全員が全員「自分なんて不幸になってしまえ!」という態度でいるのが気に入りません。それでいて人との繋がりを欲しているなんて寂しがりかよ!めんどくせぇ!!と思ってしまいます。
もう少し若かった時は、たとえば映画の「スパニッシュ・アパートメント」のように、自らを混乱の中に置きたい!ありきたりな人生なんて送りたくない!!というロックンロール精神がありましたが、そんな情熱が冷めつつある今、この本の登場人物たちはイタすぎるのです。何をうじうじ悩んでるんだ!!すかっと生きろ!!!と、感想を書いていたら腹が立ってきました。
とはいえ、青春小説としては文句なしの秀作だと思います。
しっかし、主人公を頭の中で映像化すると完全にジェシー・アイゼンバーグ。やっぱり彼はアメリカのちょっと孤独で独りよがりな文学青年に最適なのかしら。

book | 17:27 | comments(0) | -
list
くるりの京都音博2013のビデオがあがっていたので少し流していたら、なんかこみ上げる物があった。
ので、思い入れのある曲をリストアップ。

・グッドモーニング…「夜行バス」という言葉が出てくるので、初めて夜行バスに乗ったときに聴いた。その後40度の熱を出す
・街…問答無用
・黒い扉…初めて生で聴いたくるりはこの曲だった
・東京…i was 14.
・虹…六地蔵に憧れた
・マーチ…i was 17.
・LV30…美術室
・ピアノガール…車の中で歌詞の意味を考えた
・ばらの花…話のきっかけ
・team rockの一曲目…ラップみたいでかっこよかった
・スーパーノヴァ…ジャケットが可愛かった。カラオケで山下君と意気投合。

もっとあるだろうが、思いつくのはこんなところ。
やっぱり私の中でのくるりは5枚目までらしい。一番新しいのも聴いたんだけどな、おかしいな。ワルツもアルバムとし好き。

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music | 01:11 | comments(0) | -
ひまわり
前に見た映画をもう一回見る月間で、ひまわりを再鑑賞。
前半はラブ・コメディ。結構笑える。
が、あっとゆうまにはなればなれ。
この映画で良く覚えていたのは、一面のひまわり畑と一面の十字架とその中を歩くソフィア・ローレン。
今回ははーと思ったのは、1人でスープを食べているソフィア・ローレンとラストシーンのマストロヤンニの哀愁。
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movie | 00:45 | comments(0) | -
タクシードライバー
数年ぶりに見返して思ったのは、途中からの話は全てトラビスの過剰な自意識が生み出した妄想の話なのではなかろうか。
 
- | 01:25 | comments(0) | -
20131218
「バーレスク」と「エトワール」という映画を見ました。
「バーレスク」、全然はまらなかった。つまらなくて途中で見るのやめました。何を楽しめば良いのか全くわからなかった。アギレラのパフォーマンスか??youtubeで良くないか?!ストーリーもカメラワークも何もかも全くはまらず、クリスティーナ・アギレラは途中からパリス・ヒルトンと顔の区別がつかなくなりました。

そんなわけで心機一転「エトワール」鑑賞。引き込まれました。
もう、バレエを生きているという言葉の通り、人生=バレエであるオペラ座の団員たちの姿、言葉、考え方、そして当然ダンスにもう引き込まれました。美に関わる人の姿勢を強く教えてもらいました。必見。
と同時に、どんなに一流の人であっても「私の人生はこれで良いの?」と悩むことがよくわかりました。Est-ce que c'est la vie?
バレエの世界は同じことの繰り返しであり、成功しても明日には立ち直れないほどの挫折を味わうかもしれず、心から信頼できる友人関係も築きにくく、集団芸術である一方とても孤独でもあるという、良いところの方が少なそうなバレエの人生だけど、
そういったマイナス面を凌駕してしまう瞬間が存在する世界。だけどそこに到達するには才能に加えて一生をかけた自己節制がつきものである。

それはそうと、以前パリでぶらぶらしていた際、メトロのオペラという駅でおりました。
すると、ライトアップされたオペラ座がもっんのすごい存在感と歴史をまとって眼の前に現れて、本当に息をのみました。
夜のオペラ座、また見たいな。

movie | 23:35 | comments(0) | -
on discute de livre, aujourd'hui.
本を読む。という行為の前にはいつも葛藤があり、別に本の虫でも活字中毒でもなんでもなく、むしろ本読むのめんどくさいタイプかつ書かれている内容が頭に入ってこないことが多いので、「本に向き合う」準備をするのがめんどくさいのである。
そして、本を開くとなるべく本に向き合うように脳みそをしむける必要があるのだが、いかんせんわからない漢字や言葉が日本語でも多いし、文章を読んでもなんだかよくわからないことも多いし、それはつまるところ「本と向き合う」ことが出来ていないのであるが、そうゆう微妙な読書体験が長年染み付いてしまっているので本を読むことが必ずしも有益な時間にならない、むしろ文字の羅列を眺める苦痛の時間にもなりうるので、本を読む前には葛藤がある。ということらしい。自分で文章を書いてやっと腑に落ちた!
更に英語・フランス語はもっと悲惨で、そもそも言葉がわからなくて例えばフランス語なんて辞書を使わずに読める文章が全くないので1行を読むだけでも平均5回は辞書で単語を調べるのでA4の量を読むのに多分1時間半くらいかかります。そして内容が頭に入ったかと言われると甚だ疑問であり、かつどんなに辞書引いてもわからない文章がざらに出てくるので(そして後日辞書を引くと用例が載っていたりする)、文章を読むというよりはフランス語を読んでやった、みたいな本末転倒な達成感と敗北感しか残らないです。本を開くたびに直面する語学力のなさ。知らない語彙の海。見たことがある単語のわかってなさ。必修単語の活用の覚えてなさ。絶望。それが毎回。なので、フランス語を習い始めて9年くらいたち、ようやく単語帳はじめました。今まで一体どうやって単語を覚えてたのかというと、覚えてなかったので仕方ありません。もうこれは基礎に戻るしかない。
と言いつつ、自分に対してもプライドが高いので今更初級文法なんてやってられるか!という意地を張る自分がいます。初級文法なら少しはわかるし、単語も簡単だしやる必要ないっちゃないんだけど、例えば先日絶望したのがun jardinの綴りが書けなかったこと(追記:un livreも書けなかった。やっぱ初級からやり直すべきだ)、faireの活用がわからなかったこと、などあげればきりがありません。まぐれで仏検とれてしまったことが思い上がりへの第一歩なのか。

フランス語は出来なくてもなんか言い訳つくんだけど、英語はもっと自分の中でプライドが高いので、理想とするレベルに全く達しておらず、むしろずっと英語がわからない自分と毎回向き合うことが辛いので英語を読まない・聞かない・話さないようにしています。いや、話すのは好きなんだが、はなせなくても日本人だし仕方がないでしょ、という言い訳を常にしています。
英語も10年前に大学受験で覚えた英単語から発展がなくむしろ忘れているし、文法もよくわかってないし、それなりに英語には触れられる環境でやってきたにも関わらずよくもこんなレベルで恥ずかしくないな、という感じです。
と言いつつ言い訳なのは、微妙にできるからいいか、と思っているからです。特に適当に話すのだけは出来るので、なんか英語出来る人のように自分でも錯覚しています。願望。
でもやっぱり子供用の本だった単語がわからなくて読めないし、ましてや論文読むのなんて本当に時間がかかるし、とにかく英語の本を読むことは自分の英語力のなさを突きつけられるから本当に嫌いです。辛いです。こんなはずじゃなかった、という思いを毎回して、毎回うちのめられ、向き合わざるを得なくなり、でもめんどくさいし少しは出来るし、の繰り返しだ。
だから今も私の部屋には読むべき本が山のようにたまっている。そして、本と向き合える覚悟をしなさいと言っている気がします。
内田先生の本、内容は全く覚えていませんが唯一覚えている箇所が「本棚は未来系で出来ている」という部分でした(しかも誰かの引用だったし)。そう、本棚には「こんな本が読みたいな」という希望・願望がつまっています。例えば展覧会のカタログ。このうちいくつの論文を真剣に読んだことか。マティス展くらいだ。
本に向き合うことは、多分自分と向き合うことでもあるので、ものすごーく嫌いです。毎回葛藤。本が大好き!と言える人がうらやましい。それでも私はがんばって本を集める。そして、本もいつか読まれる日を待っててくれているはず。だろう。たぶん。
book | 21:18 | comments(0) | -
20131209
ipodの中には人からもらって聴いていない音源がたくさんあるので、整理の意味でも視聴。
今、this moment, ce moment, mentenant、はarcade fireがはまった模様。
衝撃的なまでのオルタナロック。clap your hands say yeahやgroup loveはこの人たちの系譜だ。
へにゃへにゃなボーカルとおもちゃばこをひっくり返したかのような音の散らばり、「葬式」というタイトルなのに祝祭ムード満点の楽曲。やっぱりこうゆう音楽が好きな私はしっかりと2000年代を生きていたようです。

before sunriseとbefore sunsetという映画を見た。
前者は1995年、後者は2004年の作品。そして今年はbefore midnightが上映されるそうだ。
年齢的に言うと、私はシリーズ1作目と2作目の中間、2作目より。
だから2作目のふたりほど人生に悲観的になれないし、1作目ほどロマンチックにもなれない。
どちらもとても面白かったけれど、1作目はせめて学生の時分に見ておけば…という後悔があります。だって電車・夜の散歩・ヨーロッパは完璧すぎるし、24歳くらいはまだそんな出会いを夢見て実現できる年齢だから。
2作目の年齢に近づきつつある。
でも面白かったのはもしかしたら2作目で、映画の中の時間と現実に流れる時間がかなり重なっているのと、
パリをぶらぶらしながらひたすら話すだけの映画だけれど妙なリアリティがあって引き込まれるのだ。
イーサンホークは全く好みの顔ではないし、この映画に役所も女々しすぎ差が溢れ出ていて大っ嫌いな反面、
やっぱりジュリー・デルピーに憧れてしまうのかもしれません。賢く、セクシーで、ユーモアたっぷりの華のある女性。

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music | 21:18 | comments(0) | -
読んだ本について
まとまった文章を書きたい気分になった。ので。
最近読んだ本について書いてみる。

「縄文聖地巡礼」中沢新一・坂本龍一
この2人が日本津々浦々の「縄文的な」土地を訪ね歩き、9・11後の世界について話し語り合う形式の話。
どうしても本の装丁が気になり、何でに段組みなんだろうとか、この紙の手触りは一体、とか、
多分これはデザイナーが入ったんだなーとかどうでも良いことを色々思ってしまう。
肝心の中身と言えば、正直意味が分からなかった。
行き詰まりのポストモダンへのカウンターカルチャーを模索する1つのヒントが国家が誕生する以前の人類の生活=縄文時代の生活である、という趣旨がまず良くわからなかった。弥生時代=農耕民族による都市国家の形成時期、ということに対するアンチテーゼで、恐らく農耕や都市国家というものがモダニズムのリノア的考え方から見ると「優れている」と見なされていたことに対し、一石を投じるという話。そして縄文土器の美しさや、垂直ではなく水平で物事を捉える視点の重要性について説いている本だと読みました。
が、 しかい。つまるところ、「根拠」は何ですか。という話である。やっぱり空想・妄想が論を補いすぎるところがある。
ので途中から何を持ってふたりが「縄文的」と言っているのかがさっぱりわからなかった。
例えばある遺跡や建物・現状を捉えたときに「これは実に縄文的だ!」と言っていても多分言葉の定義がふわっとしている(そしてそれは恣意的だ)であるため、感覚的すぎる印象は拭えなかったし、根拠レスな前提に基づいて話を進めすぎている気がしました。この類いの本、素直に読めなくなってしまった。
と言いつつも、やっぱり文章には色気があるし、ふたりが創作の源泉として「縄文」を真剣に見直していることがわかり、
ファンとしては目から鱗であったことは否定できない。なんとゆうか、論拠。頭の中の話ではなく、実証的な論拠の問題。

「キッチン」
なんか久しぶりに小説を読みました。
そして、何だこの90年代初期のような(小説は1987年出版)、岩井俊二の初期の映画のような空気は…!と度肝を抜かれました。
めちゃくちゃ軽いのです。収められている作品全てに「死」が関わってきているが、登場人物たちは深く人生を嘆き悲しむでもない。謎の出会いと謎の人間関係の中から「死」を受け入れるというテーマが繰り返し出てきます。
そしてその受け入れ方も悩みに悩んだり、人をめちゃくちゃに傷つけたり自分を物理的・精神的に傷つけたりしてようやく受け入れるではなく、やっぱり人との関係性の中でのことです。死んだおばあちゃんではなく、謎の出会いがもたらした現在生きている他人との関係性から「死」とは何かを学び、受け入れていく過程が書かれているよう感じました。
ただ、それがものすごく軽い口語調で書かれている点が、時代なんだなーと。
普通に「である」調で書かれていた言葉遣いが急にしゃべり口調になる。特に、主人公が何かしら大事な経験をした後など。
会話も何か軽い。人が死んでいなくなることと、例えばさっき道に10円落としちゃった、みたいな会話が同じレベルで語られている感じ。何でもない日常と「死」が同じように扱われている軽さがある点で、例えば「ノルウェイの森」とは全然違うと思いました。ノルウェイの方がうじうじしている。
うまくまとまりませんが、「軽い」です。とにかく。そして、2013年の今こんな軽い小説書けないだろうと思いました。






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book | 18:40 | comments(0) | -
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